今作品は『Confield』『Draft 7.30』に比べて音の広がりや解像度、予測不能性に関しては劣ると言わざるを得ないが、非常にバランスが取れた作品だと思う。M6“Fermium”を初めて聴いた時、初期作品に回帰したのかに思えた。しかし今作品も音によって、我々が成長する課程で得た経験的知識を破壊しようという『Confield』からの流れを強くくんでいる事に変わりはない。
僕もライナーを読んで初めて気づいたのだけど、このアルバムのタイトルは“アンタイトルド”ではない。“アンティルテッド”である。でも僕らは“Untilted”という字面を見ただけで安易に“アンタイトルド”であると判断してしまう。それは僕らの経験的知識による錯覚である。オウテカは、このような僕らの飼い慣らされた感覚器官を、いつもフラットな状態に揺り戻そうとする。そういう意味で、このアルバムタイトルは「君の目や耳や脳は、そんなに信用できるものなのかい？」という彼らからのメッセージな気がしてならない。

音に対しても同じである。前テッタのブログで起きた“ポップ”論争にも似た話で、僕らはあまりにメロディ、コード、ビート、コーラス、サビといった音楽的基本要素（だと信じられている）をまとった音楽に飼い慣らされすぎた。人の記憶が時間の経過と共に改ざんされ、それでもそれが自分の記憶だと信じているのと同じで、そのような音楽的定義に支配された脳は、オウテカのような音楽を雑音として処理する事しか出来ない。
例えば四拍子の楽曲でも、一拍目にあったビートが気づくと二拍目にあったりする。そのような予測不能なインプットがあると、人の脳はいとも簡単に嫌悪というアウトプットを下してしまうのだ。しかしそれを越えてしまうと、一気に視界が晴れる。今までノイズにしか聞こえなかった音の繊細な変化が、美しく捉えられるようになる。それは脳が今まで常識と思われていたものとの比較を止め、フラットな状態になったからではないか。

面白い現象がある。僕は“カナル型”と呼ばれる、耳栓のように密閉されるイヤフォンを使用している。そのために、自分の足音やケーブルが触れた時の音が糸電話のように大きく聞こえてしまう。しかし、普段使用している時はほとんど気にならない。ヒトの脳は、自分が聴きたい音以外の音をノイズとして除去する機能を備えているからだ。人混みの中でも、相手の話だけを聞き取れるのと同じように。このような能力をカクテルパーティ効果という。しかし、オウテカを聴く時は、その雑音が気になってしかたない。それは脳が対象と雑音の定義を失い、全てを受け入れてしまっているからではないのか。（あくまでもこれは僕の推測でしかないのだけれど）
こんな感覚を、レコード一枚で“意図的に”与えられるアーティストはオウテカくらいしかいない。自分の脳がニュートラルに入った瞬間の快感は、オウテカの音を愛する人なら絶対に覚えがあるはず。

オウテカの音を一度雑音と感じてしまった人も、是非もう一度触れてみて欲しい。そして一度自分の感覚をリセットして聴いてみて欲しい。出来る事ならいいサウンドシステムで。その時はきっと、あなたが３次元という空間的制約から解き放たれるような、そんな素晴らしい体験になるはず！！

あー、電車に一時間近くも乗ってると、長文が書けるもんだ。
これが篠崎氏の言う「気合入れて書いた（と思われる）稿」ってやつだね。